公園でギターを弾いてたら隣に居たおばさんが泣き始めた話

コラム

僕はたまに近所の公園でギターを練習します。

自分の家ではアコギやクラシックギターを全力で弾くと近所迷惑になるし、そもそも隣や下の部屋の方に迷惑がかかってしまいます。

とはいえギターの演奏は強弱やタッチがすごく大切。たまには思い切り音量を気にせず演奏したくなります。

近所の公園は割と大きいです。

広場では子供達が駆け回ったりボールで遊び、池の周りにはベンチで朗らかに日光浴しているご年配の方、外周はジョギングや犬を散歩している人がいる。学校や交番がすぐ近くにあるような住宅街だからとても治安がいい。

寒さがとても厳しい12月の頃、部屋でチマチマ読譜するのに飽きた僕は公園にギターをかき鳴らしに行きました。

12月とはいえ、晴れた日に陽の当たる場所で弾いていると案外暖かくて、指がかじかむことなく滑らかに動かすことができます。

陽の当たるベンチで3-40分ほど曲を弾いた後、ずっと練習している「アルハンブラの思い出」という曲を弾き始めました。

アルハンブラの思い出はトレモロという奏法を使って演奏します。尋常じゃなく難しいけど可憐で優しく優雅な音が特徴の素敵な奏法です。

僕はトレモロ奏法(およびアルハンブラの思い出)は指や体が温まっていたり、とても集中していたり、爪の生え具合や長さがちょうど良かったり、爪の削り方や形が整っていたりと、色々な条件が重なっていないと上手く弾くことができません。

この日は割と調子が良くて、きれいにトレモロの粒が揃って綺麗に音が響いていました。

パクキュヒさんの素敵な演奏。


「ああ、今日はトレモロの調子が良いな。やっぱ日光浴しか勝たん」

なんて思いながら粛々とアルハンブラを弾いていると、隣のベンチにおじいさんとおばあさんがやってきました。

おじいさんは足腰が悪いのか車椅子に乗っていて、おばあさんはおじいさんの車椅子を押してあげていました。



公園という開放感ある空間でも、流石にすぐそばに赤の他人が来ると少し気を使ってしまう。

けどトレモロの調子が良いので止めるのも勿体ない、なんて思いながらアルハンブラを弾き続けていました。

4-5分くらいかけて弾き終わると、なんと隣に座っていたおばあさんが泣いているではありませんか。


「素敵な曲ね、涙出てきちゃった」

そんな風に声をかけられました。




時刻は15:30頃。冬の夕暮れは早く、もう西の空は赤く染まって来ています。

陽が当たると暖かいとはいえ寒さが厳しい時期です。風も少し吹いてきました。

寒さが堪えるだろうに、僕のギターを聴いてくれていたんですね。



音楽は時間と空間に音を描く芸術ですが、一度弾いた音は二度と直したり、取り返すことができません。

だから何気なく弾いている音でも、最も身近なリスナーである自分自身にその音楽が蓄積して行きます。何気なく弾いた音でも他の人にも届いてしまいます。

アルハンブラを聴いた老夫婦は涙してくれました。今まで僕は人に上手いと言われることがあっても、演奏を聴いて涙を流すほど感動してもらったことはありませんでした。

嬉しさを感じると同時に、いつも心を込めて丁寧に弾こう、そんな風に襟を正すような思いになりました。